聖書黙想“3分の奇跡” 2020年11月19日木曜日

🎀2020年11月19日「3分の奇跡」
(1日3分の御言葉黙想を通してあなたの人生に奇跡を体験してください!)
 
タイトル:平和の神秘
 
[コロサイ1:20~22]
その十字架の血によって平和をつくり、御子によって万物を、御子のために和解させてくださったからです。地にあるものも天にあるものも、ただ御子によって和解させてくださったのです。あなたがたも、かつては神を離れ、心において敵となって、悪い行いの中にあったのですが、
 
🍀ある村にまじめで優しい夫と穏やかな妻がやさしい二人の子供と一緒に住んでいました。
あの家では毎晩楽しい笑い声が絶えない和やかな家でした。
村人たちは仲睦まじいその家の家族をほめて羨ましがりました。
 
ところが、隣の家に住みながらも仲のいい家庭とは違い、家族の仲が良くない家庭がありました。
和やかな夕食の時間どころか、家族で集まることもあまりない、冷え切った家でした。その家から聞こえる声は和やかな笑い声ではなく、叫び声だけでした。
 
ある日、仲の悪い家庭の人が、村の人たちと話している途中、根も葉もない悪意のある言葉を投げかけました。
 
「みんな、私の話を聞いてみてください。私の隣に住む人々がどんなことをやらかしたのかご存じですか?あの人たちが…」
 
嫉妬心でそのままでたらめに嘘を吐き始めました。けれども、どういうわけか、その嘘は事実であるかのように村に広がりました。
 
睦まじい家庭の妻と子供たちは、その言葉が途方もない嘘だということを知っていましたが、自分たちに会うたびに視線をそらしてひそひそ話す村人たちの行動は、堪えられなかったのです。
悔しくて裏切られた気持ちで村を離れたい妻と、何も悪いことのない私たちが逃げる必要がないという夫との間で口論が頻繁に起きました。
 
根も葉もない悪意あるデマによって一つの家庭の和やかな笑い声が消えてしまったのです。
 
[第一テサロニケ5:13]
その務めのうえに、愛をもって深い尊敬を払いなさい。お互いの間に平和を保ちなさい。
 
皆さんの家庭、夫婦の間、近所の人、聖徒同士、または職員同士のデマや仲違いによって葛藤が生じたことはありませんか?
 
人々は「火のないところに煙は立たないだろう」とネット上に流れるデマ、サタンが作り出したカーダ通信にあまりにも簡単に信頼を売り払ってしまいます。
サタンは、火のないところで煙を見たと嘘をつき、そうではないならごめんというふうにインターネットに虚偽の話をしたことで信じる人たちの心に疑いと不満を煽り、互いに引き離して紛争と対立を引き起こし、ついに彼らをみな飲み込んでしまうのです。
 
神様は平和の神様として不和をもたらす中言を憎みます。
 
神様が人間を創造する時はお互いに愛して平和に暮すようにしました。ところがサタンは、エデンの園で罪を犯して追い出され、愛の代わりに憎しみと平和の代わりに戦いがこの世に入って来るようにしました。
 
サタンはその時も今も変わっていません。周りを見渡すと、どれほど多くの人が心を閉ざして背を向け合って互いに敵のように暮らしているのでしょうか。
 
近い人ほどひどいです。私たちは夫婦の間、兄弟の間、長い間信じて付き合った友達同僚の間に平和を失った世界に生きています。
平和が消えた世界は、互いに憎み合い疑い合い、不安と不満足が支配します。
 
親しくても愛する人たちがお互いにぶつかり合って葛藤を起こす理由は何でしょうか。何のために葛藤して互いに争うのでしょうか。
 
ほとんどの財産と物質、自己中心的な本性のために戦います。
 
アブラハムと甥のロトは、父と実の息子のように、互いに頼り合いながら懸命に働いてきましたが、財産と家畜が多くなると、羊飼いの間で良い土地を手に入れようと争いが起きました。
お互いにうまく過ごしていても、お金の問題さえ出れば、両目が血眼になって情け容赦なく、絶対譲りはしないつもりです。
 
このように人間関係のほとんどの問題の根源は、お金と関連していて、私がもっとたくさん持とうとする欲のために戦います。
 
人々の間の葛藤はお互いの考えが違うためですが、大部分とても些細なことで始める時が多いです。
 
お互いに相手のせいにして自己中心を満たそうとすると、世の中のすべてが葛藤の要因になりかねません。
 
人々が徐々に悪魔に似ていき、サタンの息子に変わっていくこのような状況の中で、私たちはどうすれば悪魔の悪巧みに立ち向かい、平和に暮らせる者になれるのでしょうか。
 
平和を得ようとすればまず私自身が神様と平和を作り出した人にならなければなりません。
心が不安で心配事や心配事がいっぱいの人、疑いと高慢で内側の闘争がある悪人の心には安定がなく、平和はありません。
 
イエス様は十字架の血潮を通して罪で閉ざされた塀を崩し、私たちに神と和解の道を開き、恵みの御座の前に進むことができるようにしてくださいました。
この素晴らしい恵みを受けた私たちがすべき使命は、信じていない人たちが神と和解できるように、和解の福音を伝えることです。
 
私たちは神様と平和に暮らすためには、福音を熱心に伝える証人にならなければなりません。
十字架の福音は和解させる言葉です。福音を伝える時、縦は神と人、神と私の間が平和になり、横は人と人が愛につながります。
イエス様の十字架を伝えれば、その真理の御言葉は力があり、神と敵になった者が神の懐に抱かれ、すべての罪が許され、神から愛される子になります。
 
神様の驚くべき愛を受ける神様の子供になると、ようやくそばにいる兄弟たちを抱きしめるPeaceMaker(ピースメーカー)、平和にする人になります。
 
私たちはこの世の中で一番多く許された人たちです。あまりにも大きな許しを受けた私たちですので、私たちはこの世界で誰よりももっと許さなければなりません。
 
聖書はどんな理由であれ、心に不満が生じ、お互いに対立するようになれば、直ちに許してほしいと語ってます。
神様を先に信じた私が先に。霊的·信仰的により成熟した人が、先に訪ねて許しを求め、平和に努めるべきです。
 
そんな時に神の子になるのです。これが神様の子供の姿です。神様が喜ぶ人の姿です。
 
今すぐ塞がれた塀を取り壊すべき人はいないか、教会の中に長い間心を開くことができない冷たい兄弟姉妹はいないかを振り返りながら、神様の子供らしいピースメーカーになってこの社会を癒してこの国を癒すことを祈ります。(小グループの会の特別教材4課を参照)
 
♰平和の神様、私を平和の通路として用いて、すべての壊れた関係を回復させ、神様の子供としての御言葉に従って許し、良いことに努めるように導いてください。
 
自己中心的でお金の問題に特に弱い私を哀れんでくださり、和解と平和を愛するように、神様がくださった平和の職分をうまく担っていけますように。
 
主に最後まで愛され、その愛を受けた者として教会と社会を愛によって築く和解者の役割を果たす真実なイエス様の弟子になりますように。
 
聖霊の助けで私に経済的·精神的·肉体的な傷を与えた人々を神の視線で眺め、キリストの心で祝福を祈ってあげる者になって許しの扉を開く和解者になりますように。
 
塞がっていた塀を崩し、冷淡な状態にある教会の兄弟姉妹を顧みることが出来て、和解者としてとりなしの祈りの座に進む際、神様が成してくださったことを賛美し、平和にしてくださる主の働きで新たな次元の恵みを経験できますように。
 
イエス様の御名によってお祈りします。アーメン。