聖書黙想“3分の奇跡” 2020年5月4日月曜日
🌳2020年5月04日"3分の奇跡"
(一日3分間の言葉黙想を通してあなたの人生に奇跡を体験してください!)
タイトル:平安
[ヨハネ14:27]
わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。あなたがたは心を騒がしててはなりません。恐れてはなりません。
🖤イタリアのロンバルディという地域に、ある病院で働いてる38歳の医学者ジュリアンアーバン博士が書いた"医師たちの最も暗い悪夢の中に照らされた光"という文です。
📧 私は過去3週間イタリアで起きていることを私が経験するとは想像もできなかったです。
最初は何人かの患者が来て、その次には数十人、その次には数百人が来ました。
今私たちはもう医者ではありません。誰が生きなければならないか、誰が家に送られて死を待つべきかを決定する"分類する者"に過ぎません。
2週間前までは私と私の同僚たちは無神論者でした。 私たちは医者である故、それはごく自然なことでした。
私たちは学校で科学が神の存在を排除すると学びました。私は私の両親が教会に行くこと嘲笑いました。
ところが9日前、75歳になった牧師が病院に入院してきました。
彼はコロナウイルスで深刻な呼吸困難を経験していました。
ところが彼は度々死にかけている患者たちの手を握って、聖書を読んであげました。
私たち医者は皆疲れきって落胆し、精神的にも肉体的にも限界に達していました。
私たちはこれ以上何もできませんでした。 人々は毎日死んでいき、私たちは疲れ果てていました。 同僚のうち2人が亡くなって、感染した同僚もいます。
私たちは神様に助けてくれと祈り始めなければならないということを悟りました。 私たちは僅かでも休む時間が与えられたらその時間を祈りに費やします。
一時は猛烈な無神論者でしたが、今は私たちが病んでいる人々の世話をできるように助けてくださいと祈りながら平安を求めています。信じられないことが私に起こりました。
昨日、75歳の牧師は召天されました。3週間の間多くの人の死の前で私たち医者は崩れ落ちていましたが、その牧師は私たちに平安をプレゼントしてくださいました。
その平安は出会うことがないだろうと思っていた平安でした。
牧師は神様のところに行きました。そして、もし状況が今のように続けば、我々もすぐにその方についていくことでしょう。
私は6日間家に帰れませんでした。いつ最後に食事をしたかもわかりません。
私はこの地球上で私の無価値さを悟ります。私は私が最後の一呼吸を終えるまで他人を助けたいです。
私は現在感染で苦しむ人々や、仲間たちの死にという状況に取り囲まれているのですが、でも私が神様のところに戻ることができた事に幸せを感じています。🌱
[ピリピ 4:7]
そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。
“治療剤もなく呼吸困難とこれから起こる死に対する恐怖で最悪の状況だったにもかかわらず、他人に聖書を読み聞かせ、平安が与えられるように助けを与えていた牧師の成熟された信仰に私は頭が下がる思いです。
"ここ数ヵ月間、'コロナ19'で韓国だけでなく全世界が不安と恐れに震えました。
韓国はもう落ち着いて確定者が一桁ですが、世界最強のアメリカも、イタリアをはじめとするヨーロッパも全世界がまだ深刻な状況です。
第4次産業革命、ロボットやAIなど最先端科学技術に騒ぎ、傲慢な者だった私たちは、コロナの事態がいつ終わるのか、また、他の変種がいつ生じるか分からず、終わっても大恐慌を上回る不況が来るというニュースで不安は募っています。
ここ数ヶ月の間、皆さんは不安に震えていましたか?それともイタリアの牧師さんのように安らぎを得ましたか?
周囲で恐怖に震えている確定者を犯罪者扱いして遠ざけていましたか。それとも平安が与えられるように暖かいメールや聖書の御言葉でも送ったことがありますか。
私が不安に震えるかどうかが分かる計りがあります。 それは"睡眠の質"です。
[詩編4:8]
平安のうちに私は身を横たえ、すぐ、眠りにつきます。主よ。あなただけが、私を安らかに住まわせてくださいます。
これまで皆さんは安らかに眠ってこられましたか?
私たちを安全に暮らせるようにし、よく眠れるようにする平安は、ただ主、上から授けられるものです。
平安は神様がご自分の子供たちにくださった贈り物です。
[ヨハネ20:19]
~ 平安があなたがたにあるように。
[ヨハネ20:21]
イエスはもう一度、彼らに言われた。「平安があなたがたにあるように。 ~
[ヨハネ20:26]
~「平安があなたがたにあるように」と言われた。
イエス様は復活した後、3回も弟子たちに平安を祈りました。
主はどうして弟子たちに3回も同じくらい言われたのでしょうか。
イエス様は弟子たちの恐怖と不安を知っていたからです。
弟子たちは自分たちにも被害が及ぶのではないか、人生をかけて従ったイエス様の死で漠然とした未来、イエス様を裏切ったことに対する恥ずかしさや罪悪感などで不安にとらわれていました。
[ヨハネ20:24]
十二弟子のひとりで、デドモと呼ばれるトマスは、イエスが来られたときに、彼らといっしょにいなかった。
特に、トマスはイエス様の奇跡を目の前で見た弟子でしたが、恵みの現場にいなかったため、復活への疑いと懐疑で平安を持つ事ができませんでした。
疑い深いトマスにイエス様はお叱りにならず、わき腹に手を入れて疑いを取り除く機会を与えてくださいました。
それで、トマスも"「私の主。私の神。」"と告白しました。
神様を恐れなければ他の全てを恐れる人生を送るようになります。しかし、神様お一方を畏れると、他のどんなことも恐れる事にはなりません。
“平安、シャローム(Shalom)は、神様から来る全面的な祝福であり、高貴な贈り物です。 私たちが主と共に過ごせば、平安を受けられます。
[第二テサロニケ3:16]
どうか、平和の主ご自身が、どんな場合にも、いつも、あなたがたに平和を与えてくださいますように。どうか、主があなたがたすべてと、ともにおられますように。
イエス様がくださる平安は ‘親しく’、'度ごとに'、'事ごとに'くださる平安です。
賛美し、祈り、聖書を読み、礼拝するときだけではなく、ビジネスがうまくいく時でもいかないでも、誰かが私を苦しめて大変な思いをさせている時でも、どんな不利な環境でもあっても、ウイルスに感染した時や、死を前にしたさえでも与えられる平安です。
世と人が与える疑い、失敗、恐れ、恥じらい、苦難、羞恥、後悔、不当な待遇に対する被害意識、不確実性によって、神の平安が崩れてはいけません。
私たちは、主の中でいつも喜びを受け、主が注いでくださる本当の平安が私たちの心の上に、人生の中で充満に満ち溢れるように祈ります。 (2020年5月3日日曜礼拝説教)
♣️平安を与える天のお父様、恐れと疑いから来る不安が与えられるようなこの時代に、主の御言葉の中で主が注いでくださる驚くべき力で平安が満ち溢れる人生を生かしてください。
イエス様が親しく全てのことに、天の平安を与える時、霊の家族、共同体が平安をの大使となり、仕事場と民族に向かって平安を宣言するようにしてください。
我が主は既に勝利されたということを忘れず、イエス様ともっと身近に接していくことで世が与えることのできない平安を受け、それを楽しむ事が出来ますように。
イエス様の御名で祈ります。 アーメン
こちらは韓国で配信されている3分の奇跡を日本語に翻訳したものです。
韓国語のサイトはこちらから
https://band.us/n/a5ae284f0d8aV