聖書黙想“3分の奇跡” 2020年7月21日火曜日

😷2020年7月21日"3分の奇跡"
(一日三分の御言葉黙想を通してあなたの人生に奇跡を体験してください!)

 

タイトル:瞳のように守る神様2

 

[申命記32:10]
主は荒野で、獣のほえる荒地で彼を見つけ、これをいだき、世話をして、ご自分のひとみのように、これを守られた。

 

❤1930年代初め、米国は深刻な大恐慌を経験していました。
ある日、ある牧師が工場が密集している地域の黒人教会を訪問しました。
その教会の信徒の大半は極貧者で,60%以上が失業していました。
牧師は、その教会の聖徒たちが何の意欲もなく、落ち込んでいる沈痛な雰囲気だろうと予想して説教を準備しました。

 

しかし、実際に礼拝を捧げる間、信徒たちの賛美は力と希望に満ちており、彼らの表情からは絶望の色が見られませんでした。

 

その牧師はとても不思議で信徒に尋ねました。
“今は大恐慌です。失業者は増え続けています。一向に希望が見えません。ところで皆さんは何がそんなに楽しいですか?”

 

その時、ある信者が立って明るい表情で答えました。
“我々はイエス·キリストを歌っています。イエス様が私たちのそばにいて、私たちを守ってくださるという事実だけでも最高の感謝であり、最高の希望です。”

 

牧師は恵みを伝えに行ったのに、もっと大きな恵みを受けて帰ってきました。🌱

 

[詩編17:8]
私を、ひとみのように見守り、御翼の陰に私をかくまってください。

 

皆さんもどんな環境と状況の中でも神様を称えながら喜べますか。
私を遮っている問題のために先が見えないし、解決策が見つからない時でも、ただ主一人のために喜べますか?

 

[詩編37:5~6]
あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ。主が成し遂げてくださる。主は、あなたの義を光のように、あなたのさばきを真昼のように輝かされる。

 

私たちが生きているこの世は未来を予測することが難しいです。私の思ったとおりになることが一つもありません。

 

2020年1月1日に新年を迎える時、目に見えないウイルスのせいで全世界がこのようにマスク一枚に頼って「パンデミック(pandemic)」状況になるとは誰も予想しなかったでしょう。
学生が学校に行けず、すべての国家試験が延期され、海外旅行で混雑していた空港が空っぽになり、免税店が廃業し、老若男女、年齢不問、役職不問、財産の多寡不問。マスクなしでは外出できない状況を、誰も予想できなかったでしょう?

 

人類の歴史が始まって以来、一度も絶えない戦争と疾病、そして愛する人の痛みと死、様々な失敗、私たちの周辺で発生する大小の事態まで合わせ、人生は一瞬も楽にさせて下さいません。
科学と医療技術の発達で目に見えない神様の存在を否定し、神様がいなくても豊かに暮らせると騒いでた人間の傲慢は天を突くばかりでした。

 

今は神様にすべてを任せ、神様が成し遂げられることを信じる時、神様が共にいることや、神様の力を経験することができます。
これは、口先だけで騒いで洗脳教育を受けさせたり、漠然とした希望を抱くものではありません。
神の国は言葉にあるわけではありません。だからこそ、我々の魂に大きな喜びと自由が訪れるのです。

 

[第一コリント4:20]
神の国はことばにはなく、力にあるのです。

 

神様は瞳のように守ってくださる神様です。
神様が我々を瞳のように守ってくださるというのは、どういう意味でしょうか?

 

それは完全に保護してくださることを意味します。

 

瞳は人にとって最も敏感で繊細な部分です。瞳はものすごい神秘を秘めています。
たとえば、危険が迫ると瞳を守るためにまぶたが反射的に閉ざされます。様々な異物が目の中に入ろうとすると、眉毛とまつげが保護膜になり、小さなほこりでも入ったと思ったら、すぐに涙が出て、ほこりを外に押し出します。
現在まで明らかになったところでは、人の目にはなんと30万個の回路があり、1億万個の神経細胞があるそうです。
ですから、どんなに小さいものであっても、目に入ろうとすると、これを瞳が感知してまぶたに指示して、自動的に閉じて保護するのです。

 

神様はまさにこのように私たちを保護します。
神様はイエス·キリストを信じて罪の許しを得て、人生に聖霊と共に生きていく子供たちを完全に守って下さいます。
神様の胸に抱かれた人はどんな状況でも決して絶望する必要はありません。
神様を信じているという事実一つだけでも、私たちはものすごい祝福と愛を受けているのです。
神様はいつも私の面倒を見て、苦しみを受けている中でも私と一緒にいるでしょう。
神様は遠くにいらっしゃらず、すぐ私のそばに私の背後にいらっしゃいます。神様は、私の人生の些細な部分まで、ご存知です。

 

神様は私の痛みをすべてご存知です。そのため、神様は神様の前に出てきて私の痛みを打ち明けるのを待っておられるます。
私の力では回復できない重病ですが、癒されたいという信仰で神様の前に出て行けば、神様は私たちを安全で休むことができる場所へと導いてくださるでしょう。

 

今日も瞳のように私を守って保護してくださる神様を頼りに活気に満ちた一日を送ることを祈ります。

 

♣私の避け所、盾、とりででやぐらである神様、弱い私を瞳のように守ってくださり、主の翼の下で抱いてくださること感謝いたします。

科学と医療技術の発達で神様がいなくても豊かに暮らせると騒いでた私たちの高慢とわがままを許し、神様にすべてを委ねて悪い勢力に立ち向かうことが出来ますように。

信仰で私に降りかかったすべての困難を乗り越えられるように主の義なる御手で私を導き、力ある御手で握って下さいますように。

神様の中にいる時、苦難までも祝福の通路になることを覚えて、世の中を追う愚かな者ではなく、苦難の十字架を背負う賢い者になりますように。

 

イエスキリストの御名で祈ります。アーメン。